餃子のルーツはどこの国?歴史や本場の餃子について解説

餃子の発祥の地といえば、ご存じの方も多いのではないでしょうか。今回は、餃子が生まれた歴史や本場の餃子、日本で広まっていった背景について、お伝えしていきます。

 

餃子の歴史は中国にあり

餃子の発祥は中国です。その歴史は古く、北方で小麦の栽培が始まったのが、紀元前5000年頃。紀元前206~220年(漢代)には小麦食が一般化し、点心が小麦の食べ方のひとつとして根付いたようです。

618~907年(唐代)の古墳の中から、餃子によく似た形の化石が出土していることから、餃子の原型はこの頃にはできていたことが分かります。

1792年(清代)には、料理書「隋園食単」に餃子の記述があるようです。その後、多くの書物に餃子が登場するようになりました。

ところで餃子のルーツというと、中国の満州だと思われがちですが、実際は黄河の南に位置する山東省になります。山東省を代表する料理である「チャオズ(餃子)」、つまり水餃子が源流です。

 

中国でいう餃子とは?

中国の餃子には、水餃子、煎餃子(ジエンジャオ)、炸餃子(ヂャジャオ)の4つがあります。煎餃子とは日本でいう焼き餃子で、炸餃子は揚げ餃子のことです。

日本でポピュラーなのは焼き餃子ですが、中国では水餃子を主食として食べるのが習わしとなっています。また、中国では水餃子は昔から貴族の食べ物で、焼き直した煎餃子は使用人の食べ物という認識があるようです。

位の高い人や裕福な人が食べて残ったものを使用人に下げ渡していましたが、水餃子を茹で直したものは食べられたものではなかったため、焼いて食したとされています。ちなみに、日本でいう焼き餃子は、中国では鉄貼(グォティエ)と呼ばれています。

中国の餃子は、日本の餃子とは異なる点がいくつかあります。まず、中国では日本の餃子のようにニンニクを入れません。タレにつけて食べる際にニンニクを入れたり、そのままかじって食すのが中国流の食べ方。形も日本で馴染みのある三日月型ではなく、二つ折りにした春巻きスタイルです。

 

中国から日本へと伝わった餃子

餃子の日本への移入は、歴史事情が関与しています。第二次世界大戦後、満州から帰国した日本兵が満州で食べた餃子を懐かしみ、作って食べるようになったことで、日本で普及したとされています。

日本では餃子の町として宇都宮と浜松が有名ですよね。実は宇都宮は駐屯地であったこと、浜松餃子の原点となる先代店主は満州の餃子の製法に習い、作ったとされていることから、どちらの地も満州に縁があったようです。

また、餃子は主食である米に合うこと、香ばしく焼いた匂いが好まれる傾向があったことから、日本人に受け入れられていきました。日本の餃子といえば焼き餃子ですが、中国の鉄貼(グォティエ)にニンニクを入れたものが大元になっています。

 

国の食文化により発展した餃子

餃子のルーツを辿っていくと、かなり古くからその原型が存在していたことが分かります。餃子は安価で栄養バランスが良いこと、美味しくてアレンジが効くこと、家庭で簡単に作れることから、日本でも広く親しまれるようになりました。

さらに日本の食文化に合わせて発展を遂げ、餡にニンニクをいれたり、つけだれにラー油を使ったりするなど、日本独自の食べ方が生まれました。今後も、さまざまな味わい方が探求されていくことでしょう。

 

 

【カリットギョウザ黄金】

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